町田店開店50周年記念連載コラム

  • 町田店開店50周年記念連載コラム~これまでの歩みと未来を紡ぐ~
小田急百貨店 町田店は2026年9月23日に開店50周年を迎えます。開店から半世紀、地域の皆さまに支えられながら、日々の暮らしのそばにある百貨店として歩んできた「これまで」と、次の時代へとつながる「これから」を、全7回の連載でお届けします。

【第2回】町田駅と小田急百貨店 町田店が支える 街と暮らしのこれまでとこれから

幼少期から町田にゆかりのある、町田管区管区長兼町田駅長(2026年3月時点) 熊澤さんと小田急百貨店 町田店店長 井上さん。
駅と百貨店、それぞれの立場から考える“街と暮らしのこれまでとこれから”について対談しました。
(左)小田急百貨店 町田店 店長 井上さん、(右)町田管区長兼町田駅長 熊澤さん
(左)小田急百貨店 町田店 店長 井上さん
(右)町田管区長兼町田駅長(2026年3月時点) 熊澤さん

町田は子どもの頃からの思い出の地

Q. お二人とも、子どもの頃から町田での思い出が沢山あるとのことですが、どのような思い出がありますか?
駅長
2024年4月から町田駅長として就任しました。町田駅からほど近い街で育ち、小学校4~5年生の頃には少し背伸びをする気持ちで町田に出かけていました。サッカーを始めてからは、用具をそろえるために町田駅周辺へ自転車で通うことも多く、日々の生活の一部となっていました。

店長
多くの商業施設がある町田には、子どもの頃からよく買い物に訪れていました。その中でも特に印象に残っているのは、小田急百貨店 町田店の屋上遊園地やレストラン街に両親に連れられて出かけた思い出です。高校・大学時代には、当時流行していたDCブランドのアイテムを買いに買い物に来ていました。
当時を懐かしむ店長
当時を懐かしむ店長。

小田急線町田駅、小田急百貨店 町田店の特徴的な構造について

Q. 小田急線町田駅と小田急百貨店 町田店は直結し、建物の中を電車が走るという、全国的にも珍しい構造です。着任当時、この風景をどのように感じられましたか。また、町田の象徴ともいえるこの景観を、どのように捉えていらっしゃいますか。
駅長
物心ついた時から見慣れた風景で、特別意識することはほとんどありませんでした。しかし、完成当時を思うと斬新で、多くの方に驚きをもって受け止められたのではないかと思います。
大人になって改めて目にした時、大きな建物に電車が潜り込む景観は「壮大」と感じました。

当時はまだ幼く、記憶は断片的ですが、1976年に新原町田駅から町田駅へと名称が変わりました。その少し後に駅前の商業施設が増え、街並みが変わっていったことは、年齢的にも印象に強く残っています。
見慣れた風景も、町田の象徴
見慣れた風景も、町田の象徴。
店長
小田急百貨店の中を小田急線が通る構造は、町田市内や沿線を利用される方々にとって、「町田のシンボル的存在」だと感じています。

実は、就職活動の中で多くの百貨店を見る機会がありましたが、沿線のお客さまが日常的に立ち寄り、楽しんでお買い物をされている姿に触れ、「生活に密着したターミナル百貨店」という在り方に大きな魅力を感じました。町田店のこの構造は、まさにその象徴のように思えたのです。
現在も多くの方が行きかいます。(2026年 小田急線西口改札)
現在も多くの方が行きかいます。(2026年 小田急線西口改札)

町田駅での思い出を振り返る

Q. 当時の町田駅での思い出はありますか?
店長
待ち合わせは西口改札近くの公衆電話のあたりが定番でした。

駅長
携帯電話がない時代、駅コンコースにはメッセージを伝える手段として、伝言板や忘れ物掲示板が当たり前にあり、定期券も紙製でした。自動改札が導入される平成初期まで、この光景は日常でした。
待ち合わせの定番。小田急線町田駅西口。1976年(昭和51年)当時 小田急線西口改札付近
待ち合わせの定番。小田急線町田駅西口。
1976年(昭和51年)当時 小田急線西口改札付近

町田の玄関口として、それぞれの役割

Q. 小田急線町田駅と小田急百貨店 町田店、それぞれ役割は異なりますが、「お客さまの生活の一日を支えている」という点では共通している部分も多いのではないでしょうか。日々行き交う人の流れや、通勤・通学・買い物といった時間の重なりの中で、町田の玄関口としてどのような役割を担っているとお考えですか。
駅長
私鉄のビジネスモデルは、線路を基盤に住宅地を広げ、通勤や通学、休日の買い物まで、暮らし全体を支えることにあります。その根幹にあるのが、「安心」「安全」「安定」を責務として、日々の運行とサービスを提供することです。

駅は、電車に乗って移動するお客さまと最初に接する「入口」として、人と人、人と街をつなぐ大切な役割を担っていると考えます。「地域とのつながり」をより深める取り組みを、社内全体で積極的に進めており、その一環として、町田駅でも地域イベントへの参加などを通じ、街との関係づくりを大切にしています。
「地域とのつながり」について語る駅長。
「地域とのつながり」について語る駅長。
店長
創業当時は沿線に大型商業施設が少なく、町田駅前は市外からも多くのお客さまが訪れる、いわば「目的地」としての玄関口でした。近年は商圏内に多くの商業施設が誕生し、選択肢が広がる中で、「選んで来ていただく存在」であることがより重要になっています。

小田急線の中でも乗降客数が多い町田駅隣接という立地を生かし、都心へ行かなくても、「地元・町田で満足できる」製品やサービスを提供することを意識しています。また、町田は昼夜間人口の差が大きいため、休日には「町田で過ごしたい」と思っていただける時間や体験を提供することも、玄関口に位置する私たちの大切な役割です。

単に物を買う場所ではなく、家族や友人と過ごす時間、地域とのつながりを感じられる場として、町田の一日を豊かにする存在であり続けたいと思っています。
同世代ならでは、思い出話に花が咲きました。
同世代ならでは、思い出話に花が咲きました。
駅長
小田急百貨店 町田店は三世代、幅広い世代の方々が気軽に利用できる温かい雰囲気が魅力ですよね。

これからの小田急線町田駅 小田急百貨店 町田店

Q. 時代の変化とともに、駅や百貨店に求められる役割も少しずつ変わってきていると思います。これから先、小田急線町田駅、そして小田急百貨店 町田店は、お客さまや街にとってどのような存在であり続けたいとお考えでしょうか。
店長
小田急グループの経営ビジョンでかかげている「地域価値創造型企業」は、駅と百貨店に共通する大切な考え方です。その実践として、近隣大学との連携やFC町田ゼルビアとの取り組み、子育て支援など、地域と深く関わる活動を大切にしています。地元の魅力的な取り組みや情報を丁寧に発信し、多くの方に届けていくことも、私たちの重要な役割です。町田駅の皆さまにご協力いただけることは大きな強みであり、日々感謝しています。駅と百貨店が連携することで、街の魅力を伝えることができると感じています。

これからも両者で手を取り合い、「小田急線町田駅のファン」「小田急百貨店 町田店のファン」にとどまらず、「小田急グループ全体のファン」を増やしていきたいと思っています。
地域とともに歩む店舗づくりを大切にしている様子がうかがえます。
地域とともに歩む店舗づくりを大切にしている様子がうかがえます。
駅長
社会や暮らしの変化は加速しますが、「人と人が関わる」という基本は変わりません。駅と百貨店が一体となって街を盛り上げる存在であり続けることで、町田の活性化に貢献したいと考えています。

町田の象徴としての役割を大切にし、安心して利用できる「メインインフラ」であり続けたいですね。
駅と百貨店が手を取り合い、これからも町田の街とともに歩んでいきます。
駅と百貨店が手を取り合い、これからも町田の街とともに歩んでいきます。
第3回は、長年売場に立ち続けている町田店の食料品売場の販売員の方に、入社当時の食料品売場の様子から、食やお客さまの変化、長年現場に立ち続けてきたからこその「食」への想いを伺います。5月20日(水)公開予定。
この記事を書いた人 らぶふぁみ
らぶふぁみ事務局
町田に住む、幼児〜高校生までの子育て真っ最中のママたちです。
町田の子育てライフがもっと便利に、楽しくなりますように!
そんな想いから町田の子育てフリーマガジン『らぶ♡ふぁみ』の発行・町田の子育て情報webサイト『らぶ♡ふぁみ web』の運営をしています。

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